中川ケイジBLOG

(社)日本ふんどし協会会長、『SHAREFUN®(しゃれふん)』プロデューサー中川ケイジのBLOGです。仕事のこと育児のことなど諸々書いて行きます。

【考え方】学生にあえて厳しく伝える理由

非常勤講師として卒業を控えた学生に、今後の進路や働き方について向き合う授業を週に1度指導しています。指導といっても常勤のプロフェッショナルな先生と一緒なので、僕の役割はあくまで「社会人の目線」でモノを言うこと。風が吹けば吹き飛ぶ規模だけど自分で事業を興したこと、それと今日に至るまで様々な経験(地獄も含めて)を経てきた実体験を買われてのことです。

一瞬にして引いていく学生たち・・・

色々なことが重なって授業中に厳しい話をすることに。4月からの社会人スタート前にどうしても伝えておきたいこと、認識しておいてもらいたいことを口調を強くして伝える。できればやりたくないことだけど、どうしても言うべき必然性を強く感じて。

話の途中で予想通り、ササァーと大きな波の後のように学生が引いていくのが分かる。

厳しくハッパをかけることで、響いてくれた子もいれば、明らかに拒絶反応を示す子も少なくなかった。中にはあからさまに怒りを表す子も。表現の仕方は当然100点ではないだろうけれど、社会人から見た厳しい現状を正直に伝える。一般的な社会人ではなくヒリヒリするような現実と常に戦う「経営者の目線」からの叱咤激励なので、聞かされる方もしんどかったと思う。

学生時代に本気で向き合った経験があるかどうか。

就職活動はマニュアルが通用するような甘い世界ではない。見た目や人柄、スキルなど採用のチェックポイントになるわけだけど、そんなのはスケジュールに則って就職活動を準備し行動に移せた人が対象であって、10月末の現時点でまだ決まってもない人が逆転を狙えるとしたら今からでも「実績=数字の見える成果」を作るしかない。そしてこれはタイムリミットが目の前に迫る今のタイミングだと波大抵の努力じゃ無理だ。(だが、全力で向き合えば可能)

卒業論文でも就活でも目の前の取り組むべきことに、がむしゃらに本気で向き合えない学生を企業は絶対に採用しない。本気で取り組んでいるかどうかなんて簡単に伝わるし見抜かれる。面接官はもちろん、第一線でしのぎを削っている大人にかかれば瞬殺。

何より一番重要なことは、本気じゃない人は他者からも本気で応援してもらえない。

「わりと本気です」と「本気です」は雲泥の差。厳しいけれどこれが現実。過去は変えられないけど、自分は変えられる。「今」この瞬間から本気で「行動する」これしかない。小さいときから振り返ってみて連戦連敗で負け癖がつき、今や試合にさえ出ない精神状態だとしても、思考を切り替えさえすればこの瞬間からでも絶対に間に合うし、ここで踏ん張れた経験は卒業後に必ず役に立ってくれる。

その学費の重み。

「厳しく伝える」ことは言う方もしんどい。学校は楽しくワイワイが良いに決まってる。だけど、こと進路については個人ごとにどれだけ自分に真剣に向き合うか。「いつかやる」の「いつか」はほぼ永遠にやってこない。学生と接する中で、学校という枠の中で半ば強制的にでも自分と向き合う、思考し決断する時間を設ける必要性を強く感じている。

学校を卒業さえしてしまえばあとは自由。「学生の〜〜」という枕詞を使えなくなる社会人になれば晴れて自由の身だ。うるさい(僕みたいな)先生と接することも無くなる。何らかの経済活動で生活費さえ稼げれば、そこで働こうが辞めようが自分で考えて自分で決められる。学生時代が自由なんじゃなくて、社会に出た方が自己責任で自由に選択肢が広がる。そして同時に自由は甘くない。むしろ厳しい。

今後ますます複数の働き方で収入を得るようになるわけで、1社に内定をもらうことが必ずしも正解とは言えない。1円を稼ぐ大変さをリアルに知る直前の今だからこそ、親が払ってくれている学費の重みと向き合って欲しい。感謝して、だからこそ1秒も無駄にせず自分の成長のために目の前のことに集中して取り組んで欲しいと願う。

それでもあえて厳しく伝える。

だから僕は、自分自身と真摯に向き合っていない、目の前のことに本気で取り組もうとしない学生には、あえて厳しく伝える。学生からしたらおそらく「叱られた」とか「怒られた」と感じるのかもしれない。色々と文句もあるだろう、言いたいこともあるだろう。「お前に言われたくない!」という感情もあるだろう。だとしたらその感情をバネに奮起してくれ。怒りや「なにくそ!」な感情を、一歩目の行動に変えなさい。「ああ、今の自分は外から見たらこう見られているのか」と冷静に客観的に自分と向き合う機会にしなさい。

この仕事を受けたときから、たとえ学生に嫌われまくっても、厳しく伝え続ける覚悟は決めている。学生本人のスイッチを入れること。そして卒業後、自信を持って堂々と社会に出られる思考にもっていくこと。これが僕の関わる最大の使命なのだから。