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中川ケイジBLOG

(社)日本ふんどし協会会長、『SHAREFUN®(しゃれふん)』プロデューサー中川ケイジのBLOGです。仕事のこと育児のことなど諸々書いて行きます。

【水戸】自然を満喫できる水戸市植物公園はコスパ良すぎな件

自宅から車で10分程度のところにある『水戸市植物公園』。保育園の遠足でよくお弁当を食べに行くとは聞いていたが、初めて行って衝撃を受けた。

なんて地味なんだ・・・

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季節の関係もあると思うがハッキリ言って華やかさは無い。お客さんもいない。

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水の音は激しく心地よい。

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干支の鶏を描いているが、平面なのでよくわからない。でもこの感じ嫌いじゃない!

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敷地が広い。これがほぼ独り占め!

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熱帯空間を駆け上がってもそこには緑しかない。サボテンしかない。でも良い!

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この気軽さはなんだろう。

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餌(100円)で集まる茶色い鯉たち。親子の会話も弾む。

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広い芝生。こんな贅沢な空間あるだろうか。

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市の運営だからだろうか、テコ入れされてないサイトも好感度が高い。

水戸市植物公園 公式ホームページ

園内のスタッフの方もおじいさんおばあさんばかりで、挨拶すると必ずニコニコして返してくれる。皆で守っている空気感が心地よい理由なのかもしれない。

息子と自然の中を走り回ってヘトヘト。ジュースを飲んで休憩して、鯉に餌をあげたり2時間めいっぱい楽しんで、入場料はなんと300円。土日連続できてしまった。こんな素敵な公園が近所にあるなんて都心では考えられない。もっと早くきておけばよかった。しばらくは通い詰めることになると思う。春が楽しみだ。

【育児】なぜそう思うの?を聞く理由

一緒にお風呂に入った後、ママが一人でゆっくりお風呂に入っている間〜寝る前まで、息子(3歳)と遊ぶことが毎日の習慣。その日によって遊ぶ内容は彼の気分で変わる。「ハサミでチョキチョキ」「シール貼り」「ひらがな」「絵本」「動物ごっこ」、、などなど。最近は「車屋さん」にハマっていて僕はいつもお客さん役を頼まれる。

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パパ「車くださ〜い」

息子「はい!今日のオススメはこれです!」

今までだと「じゃあおいくらですか?」「5万円です〜」のやり取りで終わるのだけど、最近は質問をするようにしている。

「なぜそれがオススメなんですか?」と。 

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一瞬固まる息子

この質問で一瞬止まる。「なぜ??なんでそんなこと聞くの?」という顔に。それを選んだ(オススメしたい、売りたい)理由が必ずあるはずだからそれを聞きたい。

「黄色いから」→黄色なら他にもあるよね?

「バスだから」→なんでバスがオススメなの?

考える癖とそれを言語化することの重要性

意地悪かもしれないけど「なぜ?」「どうして?」に答えることで自分でちゃんと考える癖がつくし、思考が整理される。最初こそ途中で「これなの!!」と泣きそうになってたりもしたけど、最近ではきちんと彼なりの理由が言えるようになってきた。こういった小さなことでも「なぜそう思うのかを考える」ことと、それを「言語化すること」はとても大事。もちろん大人なはずの自分への自戒も込めて。遊びの中から自然と身についてくれるといいなあと。

とはいえ、必死に答えようと頭を使っている表情が可愛いというのが大きいんですけどね(笑)

「フリーランスは甘い」という記事に震えた

まずはこの記事が素晴らしいので、読んでない人は読んで欲しい。フリーランスであれ、会社に属する人であれ、経営者であれ必読。

www.wantedly.com

全ての立場を経験した高木新平さんだからこそ書ける厳しくもあり愛のあるエントリー。この記事を読んで昨年からの自分の漠然とした不安がハッキリした。

その中でも一番グサッときたのが以下↓

気がつけば、自分の正面に投げられたボールをキャッチしてばかりになる。案件的にベストかどうかではなく、やりやすいという理由から身近なリソースを借りる。一度上がった収入は下げられないから、そうやって仕事を回すことばかりが上手くなる。その姿は、大企業にいる少し偉いおじさんと同じだ。

そうだ・・・。自分の成長が止まってしまっている、この不安と、じゃあどうやって改善していく?を具体的に出して実行に移していないことが問題なのだ。「フリーで仕事できると自由ですよ」と言ってしまいがちだけど、「フリー=楽(らく)」と考えてしまうようになってしまったら終わりだ。成長するための行動を会社員よりも積極的にとっていかないと、近い将来必ず死ぬ。

自分の漠然とした不安が、このエントリーのおかげでハッキリ見えた。本当にありがたい。今年は新しいことに色々挑戦する。人との関わりや、金銭的なリスクをとった様々な実験を。痛い思いもするだろうけど、その経験も含めて、今度は自分自身の言葉で、この記事みたいな記事を書いてみたいと思う。

年に一度のディズニーランド2017

夢アワード7 の会場がディズニーランドの目の前だったので、せっかくなので翌日はディズニーランドに行こうという話に。奮発してホテルオークラ東京ベイ

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普段は薄いお布団で寝てるから、たまの旅行でのベットが嬉しくて仕方ない様子。僕も小さい時はそうだったなぁ。

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バスやモノレールの移動も何もかもがディズニーで、普段は「ひつじのショーン」が一番好きな息子も急にディズニーディズニーするのが見てて楽しい。

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家族揃って並ぶのが嫌いなので15分で乗れちゃう「イッツアスモールワールド」を2回乗る。2回乗ると動物がどこにいて、誰が笑ってて、どの人形が好きだとか色々と会話が弾む。1回だととにかく見逃さないように見るぞ!の意識が強くなりるのかな。「なんであの子が好きなの?」とか「あの動物は何食べてるの?」とか息子が色々話して楽しい。

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でも一番の目的はミッキーに会うこと。さすがにこれは1時間並ぶ。途中3歳は飽きてきちゃうんだけど、チョコをひとかけら食べたり、抱っこしたりおろしたり、我慢の1時間は続く。

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ようやく会えたら想像以上に大きくて急に怖がったんだけど、思い出の写真も撮れたし満足。ディズニーランドに1.5万円出して入場して滞在時間3時間ほどで帰る家族も珍しいだろうなあ。

年に1度のディズニーランドは宿泊込みであれば楽しい。またきっと来年も来るんだろうなあ。

2200人の前で自分の『夢』をスピーチしてきたことについて

2月20日。日本一の夢を語る『夢アワード7』ファイナルに出場させて頂きました。本当であれば応援してくれたたくさんの人へのご報告も含め、すぐにでも文章で結果報告をしなければならなかったのですが、落ち着いて向き合えるのに5日間もかかってしまいました。すみません。。

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悔しかったんです。

ここ数ヶ月は「ここでグランプリを獲る」ことだけに集中してきた。書類審査→集団面接→最終選考会、2ヶ月の選考期間。約500名の応募者の中からファイナリスト7名の1人に選ばれたのが11月。事務局のご好意でスピーチの合宿などにも参加させて頂くのはもちろん、勝つための戦略やスピーチに関して、複数のその道のプロの方の協力も得てサポートして頂いた。

・ファイナリストの情報やスピーチの内容

・過去のグランプリ受賞者の傾向

・審査員のプロフィール

・当日の来場者について

、、、などを徹底的に分析した上で、自分のスピーチの台本や流れを何度も何度も見直した。2月14日「ふんどしの日」という1年で一番メディア露出を期待できる期間の重要な業務を制限してまで臨んだ。

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なぜ、ここまで勝ちにこだわったかというと、この舞台が単なる「ビジネスコンテスト」ではなく「夢への熱量」がメインとなる大会だから。

「ふんどしを広める」という緊急性もなく、人の命に関わらない、かつビジネスとしての広がりの可能性を感じづらい(本当はめちゃくちゃ可能性がある!)ビジネスモデルでは、スケール(拡大)するかどうかが問われるコンテストでは勝てない。だからこそ、熱量であれば負けない自信があるこの場にかける想いは人一倍強かった。

確かに会場は飲食関連の企業の方が大半。直接、仕事としてご一緒することは遠いけれど、3分の1は学生だから「自分だってできるかも!」と感情を揺さぶるような熱い想いを伝えれば勝機はあると思ってた。

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だから、最初ファイナリストだけで合宿をやると聞いた時、正直意味が分からなかった。「なぜライバルに手の内を見せないといけないんだ」と。

でも集まってみると少しずつ考えが変わってきた。選ばれたファイナリストは、みんな未完成だったから。自分の夢の実現に向けて真摯に向き合っているんだけど、でも何かが足りなかったり、なかなか世間に認められなかったり、でスピーチ同様、夢に対して苦しさも持っていた。

運営側からは「自分の夢はみんなの夢、みんなの夢は自分の夢」というこの大会の信念みたいなことを何度も伝えられた。最初こそ「いやいやコンテストでしょ」と考えていたけど、自分を含めた7人が7人とも講師陣にボロボロに言われる時間を共有したことで、仲間の夢や目標も自然に応援している自分に気づいた。連帯感が生まれて、勝手にどうすれば仲間の役に立てるかな、、とか考えちゃってた。

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2月11日の最終リハの日なんて、自分から皆との食事会を企画した。普段飲み会には一切参加しない僕がこんな企画したの何年ぶりだろう。。業種は違えど、それぞれ叶えたい目標があって、それに向かって誰かに反対されようがバカにされようが、行動に移しているメンバーだからこそ深く繋がれた。当日は皆が良いパフォーマンスができて、たくさんの人に広まったらいいなと素直に思えた。

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当日の会場は2200人満員。壇上前は極度に緊張したけど、いざ始まってみると想いを伝えることに集中できた。「ふんどし」を広めると世界が楽しく元気になるのはなぜか。始めたきっかけや普段の活動、関わってくれている人たち、今後の可能性について8分間。

自分がサラリーマン時代にいかに苦しかったか、どんなきっかけだったのか、それによって人生がどう変わったのか。ふんどしを広めることが実は、復興支援につながっていたり、障害のある人に体験を広めたかったり、文化を守りたかったり、、。

感情を揺さぶることが僕のスピーチの武器だから(自分で言うのもなんだけどw)笑いあり涙あり考えさせられるポイントも盛り込んだ。終わった後の盛大な拍手は本当に嬉しかったけど、その瞬間はホッとした気持ちが強かった。そして、このプレゼンのために親身になってサポートしてくださった方々への感謝が込み上げてきた。自分史上最高の8分だった。もうこれ以上はできない、120%出し切れた。

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結果的にグランプリは獲れなかった。

これに関してはどうしても悔しさが残るし、何が足りなかったのか自問するのに5日間もかかっちゃった。でもこの8分のためにかけてきた数ヶ月間で、本当にやりたいことの整理ができたこと。そしてあらためて関わってくれる人たちに支えられていることに感謝できたことが何よりの財産となった。

終わってから「感動して泣きました」とか「自分も何かやってみたくなった」とか「心から応援したいです!」とか直接とか、メッセージとかメールでたくさん頂いた。少しでも誰かの心を動かせたのであれば嬉しい。

2200人の前で宣言した以上、本当にしっかり「ふんどし」を世界に広めたいと思う。会場で全然知らない何人かにニヤニヤしながら「ふんどし姿で出ないんですか?」と聞かれたんだけど、やっぱりまだまだ一般的にはそういうイメージなんだよな・・。この特異なイメージを払拭しない限り、普及なんて程遠いし、僕の使命はここだと思ってる。本当に届けたい、なんらかの健康状態などで困っている人に届けるために。

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最後に、今回、舞浜という遠いところまで応援に来てくださった方々に心からのお礼をお伝えしたいです。お仕事のある中、強風の中、本当にありがとうございました。どれほど安心感があったか!また、遠隔でサポートしてくださった方々にも感謝を伝えたいです。

神戸から見に来てくれた母や従兄弟、そしてこの日のために土日も家を空けることが多くなってしまったのに、全面的に応援してくれた妻と息子に、ありがとう!

 

夢アワード公式サイト

www.yumeaward.org

不惑なはずの40歳が誕生日から人生をやり直すことを決意した件

こんな40歳になっているはずじゃなかった

f:id:keiji511213:20161214141945p:plain「四十にして惑わず」
という言葉がある。 「論語」の有名な一節。

「あれこれ迷うことがなくなった」という意味。
これは「狭い枠にとらわれることなく、自由に物事を見ることが出来るようになった」というような意味で、単純に「自分の道に疑いなく進む覚悟が出来た」という意味合いとは少し異なる。「何が起きても動じることなく、それを受け入れる自由さを持ちなさい」という意味。引用(「論語・為政第二」より)

不惑」(ふわく)の読み方すら怪しかった自分につくづく情けなくなるけど、40歳までに何とかしなければ・・というここ最近の焦りは自分でも危険を感じるほど異常だった。
‘何とかしたい’というのは、自分の「ふんどし」ビジネスが世の中の人に認められ成長させ継続させること。しっかりと世界に広がっていくこと。そしてそれに伴う経済的なリターンも得たいという個人的な欲望、理想と現実の乖離による焦り、、、。

子供の頃のイメージでは、40歳といえば仕事も人間関係も家庭も順調で、それはもう、もっくん(※)みたいなかっこいい大人になっているはずだった。まさかこんなにも毎日胃がキリキリと痛む生活を送っているなんて想像すらしていなかった。

外見だけでなく内面もきっと素晴らしいであろう理想の大人像の象徴として今回、もっくん(本木雅弘さん)を挙げています。

25歳から人としての成長がまるっきり止まっていた・・・

特にここ2年間は全てのことに焦り、苛立ち、いけないこととは判りつつも、周りが全員、争うべき敵のように見えてしまっていた。何でもすぐに人と比較してしまいその度に自分を責める。たとえ友人でも勝つか負けるか、儲かるのか儲からないのかの判断しかできない。何をしていても心から楽しめず、特に使命感を持って取り組んでいたはずの‘ふんどしを広めること’すら楽しめていなかった。


「このままではいけない!自分が変わらないと!」と何度も何度も思ったけど、日々の雑務をこなし、その日その日の売上が気なって気になってそれどころじゃなかった。そしてあれだけ目指していた販売数が伸びた時でさえ、安心を手にするのかと思いきやなぜかこの不安が膨らむばかりだった。本当に手にしたいもの、実現したい未来は実は違うところにあるのではないか・・・そう気づき始めた時、事件が起きてしまった。

自分の発言が原因で、大切な人たちの信頼を裏切るような不快な思いをさせてしまったのだ。自分のためを思って、様々なアドバイスを送ってくれる方たちの言葉全てが自慢話に聞こえ、自分を卑下しているように聞こえた。本当はそんなことは1mmも無いのに、彼らに対して反発し、信頼関係を壊してしまう発言をしてしまった。

誰もが抱える仕事以外のトラブル

実は2年前、ビジネスとは全く別のところで大きなトラブルがあり、その解決に向けて翻弄され心身共に疲弊しきっていた。誰にも言えない未だに終結しないその問題に向き合うたびに「何で俺だけこんな目に」という思いが強くなっていた。

だけど本当は皆誰だって大なり小なりそういう問題を抱えている。皆大人だから他人に言わないだけで、大人だからその影響を仕事に持ち込まないだけで、仕事以外のところでも苦しんでいることはあるのだ。皆大人だから、それも踏まえて前向きに生きているのだ。

40歳にもなろう大人の自分が、そんな当たり前のことを忘れていたことで大切な人たちを傷つけてしまった。考えたくはないが、おそらく今までだって知らず知らずのうちに、大切な信頼関係を壊していたことが多々あったのだと思う。個人的な焦りとか不安とかが頭を占領してしまい、本当に大切な人間関係やご縁を蔑ろにしてしまっていたこともあったと思う。今回の件を、過去を振り返り深く反省する機会と捉えることにした。ただただのほほんと歳を重ねて40歳にはなったけれど、中身は全く成長していないことを知れた。

一度失ってしまった信頼関係を再構築するのは難しい。自分が本当に変わり、時間をかけて少しずつ修復していくしかない。変わっていく姿を見せるしかない。そのために今日の40歳の誕生日から本気で自分自身を変える決意をした。これはラストチャンスだ。

その焦りは自分でなんとかできる

一体自分は何に焦っていたのか。

何に苦しんでいたのか。

イメージしていた理想の40歳とかけ離れてるから?

持ち家を持てないから?

年収○○○万円に到達してないから?

思うようにビジネスが拡大していかないから?

ふんどしが広まらないから?

本当はそんな小さいことではなくて、そんな小さいことをいちいち気にしてしまう自分のビジョンがぼんやりと弱いのだ。しっかり設定しきれてないのだ。
起業当初に持っていた大きな希望とか大きくて素晴らしい未来を創りたいという思いとか、今はそこに乖離があっても、何とか近づくために日々楽しく夢を語れていた自分を失ってしまっていることに焦っていたのだ。
道半ばでもここまでふんどしが広がっているのは、たくさんの人たちの応援の上に成り立っていることを忘れてしまっていた。人とのご縁や信頼関係よりも、とにかく数字で圧倒的な結果を出して証明することを優先してしまっていた。

自分は一体何と戦っていたのだろう。
自分の中にしかない焦りだ。これだと誰も幸せになんてなれない。そもそも自分の考える「幸せの定義」自体が間違っている。そしてこれは40歳になろうとする多くの人に当てはまることなんじゃないだろうか。

実は今、自分は幸せなんじゃないか説

f:id:keiji511213:20161214142034j:plain横浜から水戸に移住してもうすぐ2年になる。家賃(固定費)を下げたい、子供を自然の多い場所で育てたい。ネガティブもポジティブもある移住理由だったけど、今はこの決断が大正解だったと胸を張って言える。
とにかく良かったことは、子供と奥さんと3人で一緒にご飯を食べて寝て起きての生活ができていること。家族との時間を最優先にできていること。仕事の調整を自分である程度決められるからこそという部分はあるが、日々のささやかなことが楽しくて、この瞬間は、ふと本当は今が一番幸せなんじゃないかと感じることがある。達成したい目標があって、それに向けて家族が応援してくれる。贅沢はできなくてもじんわりと温かい暮らしがここにはあって、これ以上個人的な欲を望む必要なんて無いはずじゃないか。そしてこの小さな幸せの日常は誰にだって実は目の前にあるものなんじゃないか。結局は自分の捉え方次第なのだ。

誰かの為に自分に何が出来るのか

自分の中にある焦りと孤独に戦っているのは、本来持っていたはずの「誰かの為に」という精神が時間の経過と共に薄らいでいるからだと反省した。
家族だけじゃない周りの皆も応援してくれているのに、そのありがたい応援に対して一体自分は何かお返しできただろうか。。。。
周りにいてくれる人たちを自分から積極的にハッピーにしていけたら、それが一番幸せなはずだ。その方が結果的に、幸せに仕事の成果も連動していく

こんな当たり前のことを、目の前の「重要でもなく緊急でもない雑務」を一人で抱え込んだせいで見失っていた。ああ本当に情けないことなんだけど、だけどこのことに今気づいけたことはとてもラッキーなことだと思う。

40歳にして人生を変えたい男のこれから

人生を変えていきたい。
小さな日常に感謝できる幸せな大人になりたい。
39歳までの未熟さを理解した上で、これからは今まで以上に関わってくれる人に対して誠実にあること。自分の能力を積極的に社会に還元すること。
自分ではなく、他人のためにお金も能力も使うこと。
人間はすぐには変われないし変わることは難しい。それでもまだ40歳だ。

諦めるにはまだ早いし、同世代や自分より下の人たちが、迷える40歳になった時のロールモデルになれるよう、恥ずかしくもこれからのことをこのBLOGに綴っていこうと思う
40歳にもなってまだそんなことで止まってしまっているの?という不安を抱える同世代の人たちに、自分の事例を持って「俺(私)だって変われるかも!」を証明するのだ。そして少しでも誰かをポジティブに変えてみたい。
関わってくれる人たちを最高にハッピーにしていける、そんなもっくんみたいに大人な40代になってみせます!

最後に
>お友達の皆さんへ
もし僕が不誠実な態度や、傲慢に感じたら遠慮なく注意してもらえたら嬉しいです。そしてこれからも何卒、よろしくお願い致します。

中川ケイジ
(40歳の皆様 ご意見おまちしております。)

【育児】ああなんでもっとやさしくしてやれなかったのだろう

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いつも通り7時前に起きて朝食の(きなこのお餅)を食べているところまでは順調だった。「さあお着替えしよう」という段階になって急に息子(2歳5ヶ月)がのけぞってイヤイヤ言い出した。いつもは少し落ち着けば大丈夫なのに今日は違った。ママがあやしている間にパパ(僕)が、お餅が少し残ったお皿を片付けたのがよくなかったみたいだ。「おもちたべる〜」が始まり「今日は保育園に行かない!」と床でバタバタとギャン泣き。

ママの出勤時間が迫っている。一緒に車に乗ってでかけよう!と促すも大泣きで「行く」と言ったり「行かない」と言ったりの往復。「ママ抱っこ〜(大泣)」が止まらない。

ここまでの癇癪(かんしゃく)は最近、減っていた。今日は金曜日。月曜日からの疲れが出ているのかもしれない。大人だって疲れるんだから当然だ。今は冷静に分析できる。けれど、リアルタイムでは自分も仕事の時間が迫っているから、そう考えてあげられる余裕は無かった・・・

ママの出勤時間のデットラインが迫り、やむを得ずママは1人で出勤した。残る息子とパパ(僕)。ギャン泣きする息子に問う「お餅食べる?保育園で先生とおしごとする?」。もちろん後者を選んで欲しい。僕にだって山ほどやるべきことはあるのだ。しかし彼が選んだのは「お餅食べる〜(大泣)」。

お餅の用意をしようとすると今度は「車乗る〜(大泣)」が始まる。お餅→車、車→お餅の無限ループ。イライライライラ。可愛い息子にイライラしてしまうその自分にイライラ・・・。その後も続く。靴を履く履かない、車に乗る乗らない、家に帰る帰らない、、、。

45分ほどああでもないこうでもないを繰り返し、彼も疲れたのか車になんとか乗せることが出来た。向かうは保育園。車内ではおむつすら変えていない2歳が泣いている。イヤイヤ大泣きしているパジャマの息子を保育園の先生に無理に引き継ぐ。終わった。

 

いや、全然終わってない。つらくて泣ける。

「靴、はかないなら捨てるよ!」と靴を放り投げてしまった。

「もう1人で家にいなさい!」と怖い顔をしてしまった。

「パパ仕事できないから明日はもう遊ばない!」と意地悪なことを言ってしまった。

ああなんでもっとやさしくしてやれなかったのだろう。

なぜもっと2歳の息子に寄り添ってやれなかったのだろう。

なぜもっと抱っこしてゆっくり話を聞いてやれなかったのだろう・・・

自分の都合しか考えていなかった自分が情けない。無事に保育園に届けた後も自己嫌悪が止まらない。イヤイヤが無くたって保育園に預ける度に胸が痛む。本当はずっと一緒にいてやった方がいいのだろうか・・・

いつも息子はお迎えにいくと、とびっきりのニコニコ笑顔で「パパぁ〜!」と大きく手を振ってくれる。その様子が目に浮かぶ。

「ふくちゃんごめんね。パパ今朝は大人げなかったね。今度からはゆっくりお話聞くからね・・・」

今日お迎えに行ったら、ギューと抱っこして、ちゃんと目を見て謝ろう。

「パパいいよ!あちたいっちょにあちょぼうね!」って言ってくれたら嬉しいな。